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穂高連峰と言えば当然西穂高岳も含まれますが 西穂高岳から奥穂高岳は健脚であっても一般登山者には危険過ぎます。
後年西穂高岳(登頂していませんが)に行った折 ガイド同行で奥穂高岳から来た2・3のパーティに会いました。素人だけではチョッと厳しいようです。
我々 家族登山隊としては「 槍ヶ岳からキレットを越えて北穂高岳 奥穂高岳、岳沢から上高地 」で槍 穂高連峰踏破と言うことに致します。
この夏上高地は地震が頻発していました。 穂高岳山荘まではまずまずの天気で、地震もさほどきつくありませんでした。
涸沢小屋に1時過ぎに着いた息子達、個室は早い者順のようで確保していました。ここで喜んでいてはいけなかったのです。今回はいままでより短い行程です、ゆっくり、のんびり山を楽しもうと思っておりましたが 泊まらず穂高岳山荘まで登っていればいい天気のうちに奥穂高岳を越えて上高地に下れたのです
前夜発 3泊4日
涸沢小屋 穂高岳山荘 西糸屋山荘
1日目 上高地・・徳沢・・横尾・・涸沢
2日目 涸沢・・穂高岳山荘
3日目 穂高岳山荘・・岳沢ヒュッテ・・上高地
4日目 上高地散策・・帰宅
歩行中何度も地震に遭いましが、うち一度すごいのに遭いました。
それは単に地面が揺れるのではなくて「動いた」のです。岳沢ヒュッテを出て10分位の所 まず地鳴りというのでしょうか何かすごい音が近づいて来て、小さな落石の音がいくつも聞こえました。 「来るぞ!」 その時地面が一瞬20cm程右に動き、さっと元に戻ったのです。
見たのです、本当です凄かった。岳沢ヒュッテからしばらく一緒で少し前を歩いていた次男も「今の見たけッ! すごかったなー」。その時夫がどう言ったか忘れましたが、(足元を見ていなかったら分かりません) 今聞いてみると話題にするのが面倒らしく 「覚えてない」と言います。 ハイハイ結構で御座います。 世紀の目撃者は二人です。
傾斜はゆるいとは言え三大急登の一つ?の岳沢です。普通でもきつい下りが 暗い 滑る どしゃぶり 地震。最悪でした。しかし登山中に群発地震に遭うとはめったに無い経験でした。
宿は「西糸屋山荘」 昔からの岳人の宿です。結婚の前年に母と二人で訪れた宿です。綺麗になっていました。上高地でしかも新築なのに値段もリーズナブル。どろどろの私達を嫌な顔一つせず当主が綺麗な玄関に敷物を広げて出迎えてくれました。上高地のホテル 旅館の宿泊費は高いです。ほとんどが2−3万円 それ以上も、帝国ホテルにいたっては?万円以上。古くからある西糸屋は割安、昔ながらの登山者用相部屋もありました。
ずーっと先に着いた息子達は布団を敷いてのんきにテレビを見ていました。別注でステーキなどもたらふく食べ、温泉にも浸かって骨休め。 夜中には何度もきつい地震にみまわれましたが。
バスターミナルにはテレビの放送車が何台も来ていました。地面が動くのを目の前で見た経験のある人 どれくらい居るでしょうか。今回の地震で北穂高岳から奥穂高岳の間、槍ヶ岳付近などかなりの個所で崩落がありコースが危険になったそうです。無事でよかった。くわばら くわばら。
雲ノ平から槍ヶ岳 そして今回 雨の日の出発はたとえ行程が短くても早く出発するべきでした。雨水は岩に染み入ることなく沢に集まり「あっという間」に増水 濁流と化します。『増水するまでにいかに早く通過するか』 そこに重点を置くべきでした。いつものんびり旅で出発もゆっくり、大いに反省です。
新聞記事では 「8月7日から続く上高地の群発地震の影響で登山者は昨年同時期に比べて約3割減少。穂高岳山荘の14日から16日の3日間の宿泊客は例年の半分以下。16日未明にマグニチュード5、2( 震度4 )の揺れがあり予定変更して下山する人もいて同日の宿泊客数は定員350人に対して14人。 安曇村の助役によると 『震度5以上の地震が頻発するようであれば、入山禁止もあり得る』と地震の長期化に頭を痛めている」。とありました。 (私達が宿泊したのは 8月11日です)
雲ノ平の時に雨水でカメラを壊した為に今回は早々とリュックに入れました。水滴と共に霞んでいる写真は息子が持っていた使い捨てカメラに辛うじて写っていたものです。
穂高岳山荘の夜まで天気は持ちこたえましたが夜中には雨、そして山小屋が潰れるのではないかと思う程のきつい地震に何度も遭いました。
目覚めた頃雨は本降り、我等の出発は8時でしたので、それ以前の人は知りませんが以後の登山者は皆予定変更をしてザイテングラードから涸沢へ下られたようです。
うちは絶対決めた事は遣り通す夫と、ミーハーな私と、さっさと上高地に下って宿でのんびりしたい息子。そして上高地にはすでに宿を予約しています。またまた無謀にも決行致しました。
山荘出発時には雨はどしゃぶり。それはそれは悲惨な登攀となりました。
奥穂高岳頂上直下通過の頃、雷が頻繁に発生、足元で雷鳴 閃光が走り恐怖の連続でした。やはり涸沢下りが大正解でしたが、今更引き返すほうがもっと危険です。
息子達とは歩行速度が違い過ぎます。紀美子平あたりでいつものように息子組と夫婦組に分れました。
岳沢ヒュッテ手前の沢は吊尾根からの大量の雨水を集め 川と化し、濁流はすごい勢いで上高地に下っていました。あと数十分到着が遅れれば渉りきれない程の状況になっていたでしょう。濁流を膝まで浸かり流されそうになりながらも渉りきりました。
岳沢ヒュッテには次男が待っていました。私達を心配してか それともラーメンが食べたかったのか。温かいラーメンで生き返りまた出発 後は長い長い下りです。
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| 涸沢テント場 |
ザイテング |
ラードを行く |
涸沢を見下ろす |
奥穂高岳への道(前日) |